松井秀喜選手選手 プロフィール

2007年03月19日


松井秀喜選手プロフィールです。

松井秀喜選手プロフィール

1974年6月12日生まれ  
石川県能美郡根上町(現能美市)出身
私立星稜高等学校卒業

1990年 全国高等学校野球選手権大会出場
1991年 全国高等学校野球選手権大会出場
1992年 選抜高校野球選手権大会出場
      全国高等学校野球選手権大会出場
      プロ野球 読売ジャイアンツドラフト1位指名
1993年 日本プロ野球 読売ジャイアンツ入団、2002年まで同球団に所属
1994年 プロ野球日本シリーズ 優勝
1996年 プロ野球セントラル・リーグ 優勝
2000年 プロ野球日本シリーズ 優勝
2002年 プロ野球日本シリーズ 優勝
2003年 MLB ニューヨーク・ヤンキースに移籍
2004年 日米通算350本塁打達成
2005年 日米通算400本塁打達成
2006年 左手首骨折のため長期戦線離脱


・身長 188cm
・体重 104kg
・血液型 O型
・右投げ左打ち
・ポジション レフト
・背番号 55
  背番号55は、年間最多本塁打55本を打った読売ジャイアンツOB王貞治
  (現福岡ソフトバンクホークス監督)の記録に並び、そして超えるような活躍をとの
  期待を込めて付けられました。
  松井秀喜選手本人は子供の頃からのファンであった掛布雅之氏(元阪神タイガー
  ス
)が付けていた背番号31に対する憧れがあったようです。
  (当時読売ジャイアンツで背番号31を付けていたのは水野雄仁氏)
・ニックネーム 『ゴジラ


松井秀喜選手は、中学生時代から打ったボールが割れてしまうなど数々のエピソード
の持ち主ですが、1992年、高校3年生の時に出場した選抜高校野球選手権大会では、
2打席連続ホームラン、1試合7打点、2試合連続ホームランと当時の大会記録を
残しています。
この年1992年、甲子園球場では外野のラッキーゾーンが撤去され、両翼が91mから96mへと大拡張されており、その影響でこの年の選抜高校野球選手権大会は
ホームラン数が激減していました
そのような状況であるにもあるにも拘わらず、松井秀喜選手は上記の記録
残しています。
また同年夏に開催された全国高等学校野球選手権大会では、
2回戦の高知県代表明徳義塾戦で松井秀喜選手は5打席連続敬遠を受け、
高野連が急遽記者会見を行うなどの対応に追われました。
ゴジラ伝説の超有名なエピソードの一つです。
ゴジラこと松井秀喜選手、高校通算打率は.450、本塁打は60本。
まさにゴジラ級の怪物松井秀喜選手が、この後日本プロ野球、そして
MLBメジャーリーグでも、背番号に込められたその期待通り大暴れすることに
なるのはご存知の通りです。


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